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環境省のレンジャーに聞いた!
心を揺さぶる
尾瀬国立公園の見どころ

高山植物の宝庫である湿原、清らかな水を湛える池や沼、ゆったりと暮らす野生動物など、ほぼ手付かずの自然が残る尾瀬国立公園は、数えきれないほどたくさんの魅力で溢れています。
そこで檜枝岐自然保護官事務所を拠点に活動される環境省のレンジャー・河邉健さんに、福島県側の尾瀬国立公園の見どころを教えていただきました。ここに掲載する写真も、すべて河邉さんが撮影されたもの。尾瀬の自然を愛し、尾瀬を熟知する河邉さんならではの視点が光ります!

沼尻の池溏

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尾瀬沼東岸にある「尾瀬沼ビジターセンター」から北岸へ向かって歩いていくと、ログハウスのような沼尻休憩所と沼尻公衆トイレに出合います。この2つの建物の北側にあるのが「沼尻の池溏(ちとう)」。池溏とは湿原にできる池沼で、大きさ、深さ、形状はさまざま。ここでは点在する池溏の間を縫うように木道が設置されており、幻想的な景色をつくり出しています。

写真夏の沼尻の池溏。水面に浮かぶのはヒツジグサ

写真紅葉したヒツジグサ

写真紅葉したヒツジグサ

「沼尻の池溏にはスイレンの仲間のヒツジグサの群落があり、8月には水面に浮かぶ葉の合間に白く可憐な花を咲かせます。9月下旬~10月上旬になると葉が紅葉し、まるで赤い絨毯が浮かんでいるような光景に。周辺の木々より早く紅葉するので、緑と赤のコントラストも見事です」と河邉さんは語ります。

秋頃に池溏を覗くと、緑色をしたこぶし大程度のゼリー状のかたまりが見つかるはずです。一見すると藻のようですが、実はカンテンコケムシという動物。「ムシ」と付くものの昆虫ではなく、外肛動物という不思議な生き物の一派だとか。

河邉さんによると、
「カンテンコケムシは肉眼では見えない小さな動物が集まり、1つのかたまりとなったもの。水質の悪化等に弱く、地域によっては絶滅危惧種に指定されている貴重な生き物といえるでしょう。また、今度は湿原に近づいて目を凝らすと、葉にびっしりと毛の生えた赤っぽい植物が確認できるかと思います。この植物はナガバノモウセンゴケ。腺毛の先から出る水滴のような粘液で昆虫を捕まえ、リンなどの栄養を獲得する食虫植物です。日本では尾瀬と北海道にしか自生しておらず、8月につける小さな白い花はとても可愛いですよ」とのことです。

晴れた日はあちこちの池溏に青空と湿原の景色が映し出され、揺らめく水鏡の景色は心を奪っていくでしょう。
東北以北最高峰の燧ヶ岳を背景に望む池溏も圧巻の景色です。

カンテンコケムシ水中に潜むカンテンコケムシ

ナガバノモウセンゴケナガバノモウセンゴケが自生するのは尾瀬と北海道のみ

三本カラマツ

三本カラマツ大江湿原のシンボルともいわれる「三本カラマツ」

「三本カラマツ」が生えるのは、大江湿原を流れる大江川が尾瀬沼へ注ぐ、河口の小さな丘の上。この丘は尾瀬塚とも呼ばれ、「尾瀬中納言藤原頼実の墓」や「頼実の兄、尾瀬大納言藤原頼国の弓の練習場」など、諸説残されています。

「紅葉の見頃時期、葉が黄金色に輝く三本カラマツと大江湿原、尾瀬沼のコントラストは息をのむ美しさです。また、これは余談になりますが、三本カラマツ前を通って沼尻、白砂峠、見晴、竜宮、山ノ鼻、鳩待峠に至る道の名称は『赤法華鳩待峠線』といい、福島県側の起点が檜枝岐村の『赤法華』であることを由来としています。
『赤法華』の語源は『赤ポッケ』で、『ポッケ』の意味はアイヌ語で『崖』。つまり『赤法華』は『赤い崖』を表しているのではないか、という説があるんです」
と河邉さんは語ります。

アイヌもしくはそれに関連した文化をもった人々は飛鳥時代くらいまでは福島近くに住んでいたため、彼らの文化の名残りの可能性があるのだとか。福島県・南会津地域にはこのような地名が各所に存在しているので、ぜひ探してみてください。

三本カラマツ大江湿原のシンボルともいわれる「三本カラマツ」

ワタスゲワタスゲが咲き始めた熊沢田代

熊沢田代

ワタスゲワタスゲが咲き始めた熊沢田代

御池登山口から燧ヶ岳の北斜面を登るルートの6合目付近にある湿原「熊沢田代」。尾瀬沼や尾瀬ヶ原より標高が高いため、少し遅れて開花が始まります。7月のワタスゲの花畑、10月の紅葉は湿原の美しさがいっそう際立つ季節です。

「熊沢田代から東側を望むと、うっそうとした広葉樹林に覆われたなだらかな山々が広がり、反対の西側を望むと、ゴツゴツとした岩肌の急峻な山々が広がります。それぞれ太平洋側の山々、日本海側の山々の特徴を示しており、熊沢田代はその境界に位置しています。とくに豪雪地帯となる日本海側は雪崩等が頻発する雪食地形で、森林が発達しない地形となります。燧ヶ岳は熊沢田代と広沢田代という2つの湿原が道中にあるおかげで、山頂はもちろん山腹でも景色を楽しめる“3度美味しい山”だといえますね」と河邉さんは語ります。

御池田代

尾瀬の湿原をもっとも気軽に楽しめるのが、ここ「御池田代」です。御池登山口のある御池駐車場のすぐ裏手にあるので、山道を歩くことができない人でも簡単に入ることができます。

河邉さんによると、
「とくに初夏の時期は多種多様な花々が見られます。6月下旬~7月下旬にはヒオウギアヤメの群生、7月中旬~8月中旬にはコバギボウシの群生が開花を迎え、美しい花畑をつくります」
とのことです。

ヒオウギアヤメ初夏の御池田代を彩るヒオウギアヤメ

コバギボウシ珍しい白いコバギボウシ(通常は淡紫色)

近年、尾瀬国立公園ではニホンジカの増加・生息域拡大による湿原の踏み荒らしや植物の食害が深刻化しており、対策として防鹿ネットや電気柵の設置が行われています。御池田代はエリア全体が防鹿ネットで覆われているため、ニホンジカの被害を免れているのだそう。

「7月頃の小川ではクロサンショウウオの赤ちゃんを見ることができます。見た目は黒くて小さなウーパールーパー。赤ちゃんはきれいな水でしか生きられないのですが、御池田代ではたくさん生息しています」
と河邉さん。

御池駐車場の向かいにある山小屋「御池ロッジ」の裏にはスモウトリ田代という湿原もあるため、生息する植物の比較をしてみるのもオススメです。御池駐車場は燧ヶ岳や尾瀬ヶ原へ続く燧裏林道の出発拠点であり、沼山峠間を結ぶシャトルバスが運行する尾瀬の玄関口。尾瀬は目的地やルート、季節によって表情をクルクルと変えていきます。

多彩な魅力をもつ尾瀬を、ぜひ訪れてみてください!



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