2016年02月ツアー参加者16 | 名前: サラ・チェイニー(アメリカ) | ||||
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大変ありがたいことに、私は2月に二度目のJETスタディツアーに参加させていただきました。10月に初めて参加した時は、もっともっと福島県にゆかりのある活動や体験をしてみたい!と切望したものです。このツアーで本当に助かることは、見学施設が団体客を見込んでいるところだったり、日本語でしか対応できなかったりするところが多く、自分で・個人で行くのは大変な施設に行ける点です。JETツアーに参加することで、私は福島県についてより深く知ることができましたし、5年前の2011年に起きた核災害での風評被害に苦しむこの地について、実際はそうではないことを周囲に伝えられるようになったと思います。 南相馬では、ソーラーアグリパークを訪れました。5年前の震災時には周りの5棟の家が津波で流されたと聞きましたが、地域の人々や次世代の者に参加型の学習を通してソーラーエネルギーについて教えるべく、ソーラーパークが再建されたそうです。 また、地元の苺農園では苺狩りをし、いかに津波によって破壊された農園が再建されていったか、またどのように消費者に苺が安全かを示す方法などを学びました。今なお、震災前ほどの来園者は戻っていないようです。 私たちはまた、スキーやスノーボードを教わりながら地元の山々を歩き回りました。また、日本で最古の祭りの一つで身に着けられている侍の鎧を着ることができました 私たちの最後の立ち寄り場所は、福島市の除染センターでした。私は震災時から日本に住んでいてなおかつ福島に住んでもう2年がたとうとしているのに、放射線について、そしてそれが体におよぼす影響についてほとんど知りませんでした。英語で執り行われたプレゼンは非常にわかりやすく、博識なプレゼンターは慎重にいかに放射線が危険か・どんな点が危険なのか・どのように除染が行われているのかなどを説明してくれました。この講義は本当にためになりました。世界中どこにいようが、放射線には私たちはさらされているんだという知識が、もっと一般的になるといいのになと思いました。 ツアーが終わった後、最も印象的なことが起きました、記者が私にインタビューしてきて、私たちが侍の格好をしたことについて地元の新聞に記事を載せたのです。学校の廊下で英語クラブの生徒に呼び止められ、「先生、南相馬にいったんですか?私先生のこと新聞で見たんですよ。」と言われるまですっかり忘れていました。「ええ、行ったことあるわよ。」と答えると、彼女は微笑んでこう言いました。「私、南相馬出身なんです。南相馬を気に入ってくれてうれしいな。」 その時私は思い出したのです。彼女は震災時の状況や避難の経験、その時以来続く救援物資について伝えるために、アメリカに行ったことがある生徒だったと。私が彼女の故郷に示した興味を知って喜びを浮かべた彼女の顔を見て、このツアーに参加して本当に良かったと思いましたし、私はただ教えるためだけにここにいるのではなくそれ以上の意義があったと思えました。私は、いまだに復興に尽力し一歩踏み出そうと頑張り続けるすべての人たちと、学び、思いを分かち合い、そして支えるためにここ福島にいるのです。
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